メールマガジンvol.4
2017年8月

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打ち上げ数日本一、全国の花火大会でも人気上位10位にはランクインする
長野県の諏訪湖祭湖上花火大会に行って来ました。
8月の天候不順により中止が相次いだ今年の花火大会、諏訪湖の花火も小雨の降る中始まり、
またいつもなら霧が峰高原から吹く風が煙を吹き飛ばしてくれるはずが、無風状態、
途中まで雲と煙と霧が空を白く覆い、打ち上げの音と雲間から見える花火の閃光を楽しむ形でしたが、
終盤には風が吹き、雨もやみ、空一面に繰り広がる華やかな色の競演と
リズミカルに響く打ち上げ音は噂にたがわず圧巻で、
そしてもちろん見事なことは確かだけれど、この感動は、
お腹の底まで響き渡る打ち上げ音と、思わずめまいを起こし、
違う次元に彷徨ってしまうのではないかと思われるほどのまばゆい光、
目と耳、視覚と聴覚による実際的な体への衝撃がなせる業なのではないかと、
そしてこの衝撃、序盤の白いキャンパスに轟音とともに
テールランプのようにキラキラと点滅する光の情景も含めて、
昔ウィーンで聴いたあるコンサートを思い出しました。

ニューイヤーコンサートでもおなじみのウィーンフィルハーモニーの本拠地、
ウィーン楽友協会ホールは通称ゴールドホール、私たちは金ぴかホールと呼んでおり、
その装飾の華美なこと、柱や手すり、座席や舞台の縁取りなどは、惜しげもなく金色で覆われ、
柱それぞれには金色の女神像が装着され、もうとりあえず飾り立てようという気概が充分、
そしてシートの色など他の部分が赤なので、赤とゴールドの対比もあいまって、
ホールに入るとそのまばゆさに立ちくらみがするほどです。
この金ぴかホール、金ぴかなだけでなく、音響も抜群で、プログラムを落としてもその音が響くほど、
音が外からも中からも響き渡り体を包みこむ感覚、このホールでウィーンフィルや世界トップクラスの
音楽家の演奏を聴くことは至福の時間なのですが、留学したての頃、ロストロポーヴィチ指揮、
ウィーンフィルのショスタコーヴィッチ交響曲第10番を聴いたときの衝撃は忘れられません。

ロシアの偉大なる音楽家ロストロポーヴィチとショスタコーヴィチの関係には、
ロシアの歴史を含めた長い感動的な逸話が残っており
(ロストロポーヴィチは亡命する際、ショスタコーヴィチに必ず交響曲の全曲録音をすることを近い、
その後二度と会うことはなかったが、約束どおり交響曲全集をリリースしたなど)
またこのコンサートは確かすでに体調不良だったロストロポーヴィチが
生涯最後にウィーンフィルを指揮したもので、ともかく音楽史上でも名高い、貴重なコンサートであり
その名演についてはすでに多く語られていますが、
このとき私が感じた感動はただ演奏がすばらしいということではなく、
体への実際的な衝撃だったことを、体がいまだに良く覚えています。

ショスタコーヴィチの10番の交響曲は50分の長丁場、重く深く、
ロシアの大地を思い起こさせる壮大な曲で、スターリン時代の雪解けを示唆しているとも言われ、
弦、管、打楽器の低音がこれでもかと奏でられるのですが、その低音と、
打ち鳴らされるティンパニーの振動が、うねりとともに地響きのように体中を駆け巡り、
思わず目を閉じ、衝撃に耐えるように、腕を体に回してしっかりと自身を抱きしめ、
そして目を開けると目の前には金ぴかの世界、まぶしさにまた目を閉じると腹の底を音が突き上げ、
また目を開けると華麗なる光が目に痛い・・と
50分間この刺激を浴び続けた体験は、感動はもとより、体への実際の強烈な刺激として刻み付けられて
いるようで、時々フラッシュバックのように鮮烈に思い出すのですが、諏訪湖の花火は久しぶりにその衝撃を
リアルに思い出させてくれた出来事でした。

体へ強烈な刺激といえば、この楽友協会ホールの楽屋は入り組んでいて、いたるところに細く急な階段が
あるのですが、特にわれわれウィーン国立音大の学生オーケストラの控え室からホールまで続く急勾配の階段は、
“魔の階段”といわれ、誰しも一度は転ぶので有名で(ただし楽器は舞台袖に置かれ、持っていないので
大事にはいたらない)私も例にもれず何度も滑り落ち、特に尾てい骨を骨折後、いまだ痛みの残るお尻を
階段に強くぶつけた際の刺激もいまだ体は良く覚えているようで、諏訪湖のほとり、分厚いシートはひかれて
いたけれど、コンクリートの地べたにひざを抱えて座り、夜空の花火を見上げながら、同時にお尻の痛みも
私の体は思い出したようです。