Programnote 2015

- - 加納伊都ヴァイオリンリサイタル - -

W.A.モーツァルト ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第25番 ト長調 KV301(293a)
第1楽章
 1st Movement : Allegro con spirit
第2楽章 2nd Movement : Allegro
神童、天才として知られるオーストリアの作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)が22歳の1778年、
当時芸術と文化の優れた宮殿の存在で知られたマンハイム(南ドイツ)に演奏旅行中に創作を開始した、6曲からなる通称
「パリ・ソナタ」(パリで出版されたため)の第1曲目の作品。マンハイム宮殿のプファルツ選帝侯妃マリア・エリザベートに献呈
されたことから「マンハイム・ソナタ」とも言われる。もともとはフルートソナタとして着想されたが、モーツァルトが当時
フルートという楽器をあまり好いていなかったことからヴァイオリンソナタに変更された。当時の新しいソナタスタイルに
よるもので、2楽章からなる。

第1楽章 1st Movement : Allegro con spirit アレグロ・コン・スピリッツ -速く、火のように
第2楽章 2nd Movement : Allegro アレグロ

−当時の青年モーツァルトはマンハイムにて後のモーツァルト夫人コンスタンツェの姉、ソプラノ歌手のアロイジア・ウィーバー
に恋をしていて、そのためにこの地で職を得ようとし、このソナタを書き始めたと言われています。残念ながら当地での就職は
叶わず、恋も実ることはありませんでしたが、若きモーツァルトが希望に溢れ、恋に酔いしれながら書き綴った様子がうか
がえる、まるでこんにちは、どうぞよろしく、僕を見て!と言葉が飛び交うような楽しい雰囲気が伝わればと思っています。
G.エネスコ 幼き日の印象 作品28
Menetrier(fiddler) フィドラー(バイオリン弾き)
Vieux mendiant(Old beggar) 年老いた物乞い
Ruisselet au fond du jardin(Brlli deep in the garden) 庭を深く流れる小川
L'Oiseau en cage et le coucou au mur(The caged bird and the cuckoo on the wall)
 鳥かごの中の小鳥と壁の鳩時計
Chanson pour bercer(Lullaby) 子守唄
Grillon(Cricket) コオロギ
Lune a travers les vitres(Moon through the windows) 窓を横切る月
Vent dans la cheminee(Wind in the chimney) 煙突の中のつむじ風
Tempete au dehors, dans la nuit(Storm outside in ghe night) 真夜中の嵐
Lever de soleil(Sunrise) 夜明け
ルーマニア生まれの20世紀を代表する偉大なヴァイオリニストで作曲家、ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)後期の作品。
7歳でウィーン国立音大に入学、ヴァイオリンと作曲を学び13歳でメダル授与、その後パリ音楽院で研さんを積み、
ヴァイオリニストとしてはフランスのティボー、オーストリアのクライスラーと共に20世紀前半の三大ヴァイオリニストとして
知られ、9歳で初の作品を書き下ろして以来、早熟の天才作曲家として、ルーマニアの民族音楽に影響を受けた個性的な
作品を作り出して名声を築き、また教育者として、メニューインやグリューミオ、ギトリスなど20世紀後半の傑出した逸材を
輩出し、ニューヨークフィルの指揮者としても活躍したエネスコが、作曲家としては円熟期を迎えた1938年から1940年に
かけて、第2次大戦の不穏な足音が響く祖国ルーマニアにて作曲した、エネスコのルーマニアでの最後の作品。1942年
ルーマニアの首都ブカレストにて自身のヴァイオリンで初演されたが、その後ルーマニアが共産圏に入り、エネスコはパリに
亡命、二度と祖国に戻ることはなかった。10の異なったテーマから更生される。(プログラム参照)

−題名の通り、自身の幼い日々の断片的な印象を10のテーマとしてつなぎ合わせ、まるで物語のように展開されている
作品です。私の師匠でルーマニア出身のヴァイオリニスト、レムス・アゾイティ氏は、この曲で200ページ以上にわたる博士
論文を書き、見事ジュリアード音楽院の博士課程を主席で終了したとのことで、この曲がいかに人生そのものを凝縮した
ような、奥深く素晴らしい作品かということを熱く語ってくれましたが、確かに、メロディーからまるで映画のように鮮やかな
映像と印象を浮かび上がらせることができる、演奏者にとっては特異な作品であり、その新しい経験は楽しくもあるのですが、
その分確実に演奏者の技量が問われているような、2時間の電車の中でその場で受け取った新しいコンチェルトを譜読みし、
一切練習もしないで1時間の初演コンサートを見事成功させたという天才エネスコの、ああこの人できる人なんだろうな・・と
一目でわかるクールな彼の写真(ルーマニアの紙幣に使用されています)が目の前にちらつき、なんともいえないドキドキ感
に気持ちが高鳴っています。テーマは分かれていますが曲が途切れることはなく、またテーマの中にはほんの一瞬のものが
あったり、そのテーマでは言い尽くせないディープな要素があったりしますので、テーマを追いつつ、物語を追うように聞いて
頂ければと思います。
J.ブラームス
ヴァイオリンソナタ第1番ト長調「雨の歌」作品78
第1楽章 1st Movement : Vivace ma non troppo
第2楽章 2nd Movement : Adajo
第3楽章 3rd Movement : Allegro molto moderato
ロマン派音楽の巨匠ヨハネス・ブラームス(1833-1897)は生涯に3つのヴァイオリンソナタを残したがその第1曲目。
1879年、ブラームスが避暑に良く訪れていたオーストリアのペルチャハにて作曲された。副題「雨の歌」の由来は、
ブラームスが生涯慕い続けたロベルト・シューマンの妻、クララ・シューマンが好んでいたブラームスの歌曲「雨の歌」の
モチーフが1、3楽章に用いられているためであり、ブラームス自身が名づけたわけではなく、通称である。この歌曲は
友人のクラウス・グロートによる詩によるもので「雨は子供の頃の夢を呼び覚まし、純真で子供じみた畏敬の念で私の
魂を濡らす」「雨粒と涙が混ざり、太陽が再び輝き始めると、草の青さは倍増し、私の頬を流れる、燃えるような熱い涙も
倍増する」と歌われている。全3楽章。

第1楽章 1st Movement : Vivace ma non troppo ヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポ
                                −生き生きと速く。ただし速すぎないように。
第2楽章 2nd Movement : Adajo アダージョ −ゆっくりと
第3楽章 3rd Movement : Allegro molto moderato アレグロ・モルト・モデラート −速く。けれど歩く速さで。

−小さいころからこの曲を聴くと、「雨の歌」という言葉の響きと相まってなんだか切ない気分になり、きっと年を重ねて
大人になるってこういうことなんだ、これは大人な曲だ!と、だからたくさんの経験を積んで、大人の階段を上がって
いかないとこの曲は弾けないんだ・・と信じ込み、いつか充分大人になったら演奏しよう!と楽しみにとっておいた曲です。
今回この曲を選んだのは、もう十分に大人になったから・・どちらかというとこの曲を弾いて、大人になろうじゃないか・・!
という逆パターンであり、また一日のうちで雨の降らない日は珍しい、雨の国イギリスで、小さいころから雨が好きで、雨の
日になるとなんとなく世界が近くなったようなゆったりとした気持ちになる私としては、この曲がますます身近に感じられる
ようになったこと、機は熟した!との勝手な自己判断によりますが、この曲を演奏できることにうれしさを感じています。
実は、この曲はクララ・シューマンの死に際して作られ、その葬式の様子が描かれたものだと恩師に教えてもらい、慕い
続けながらも添うことはなく、シューマン一家へ献身し続けたブラームスが、雨の降りしきる中、教会から墓地にむかう
馬車の中でその人の思い出とともに深い悲しみにふけっている図(特に3楽章のピアノの雨音など)を想像し、ますます
切ないイメージ緒を重ねていたのですが、今回調べてみたら、なんと亡くなったのはクララではなく、ブラームスが名付け
親になったシューマン夫妻の24歳の息子だとのこと。でもこの曲を聴いたクララが私もこの曲とともに天国に行きたいと
言ったそうで、この曲に流れる人生の哀切さを表現できれば!と意気込んでいます。


M.ラヴェル
ツィガーヌ
「ボレロ」などで知られるフランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875-1937)の晩年、1922-24年にかけての作品。
「ツィガーヌ」とはフランス語ジプシーを意味する。ロンドンで行われたラヴェル祭のために作曲され、ジプシー=ロマ
(現在は差別問題からロマと表記される)が多く居住するハンガリー出身のヴァイオリニスト、イェリーに献呈された。
ラヴェル自身スペイン系ロマの居住区であったスペインにほど近いフランス南西部ピレネー山脈のふもとバスク地方
(現、スペイン領。独立を望んでいる)で生まれ、母はバスク人であったため、その地方の音楽の民族性に強い憧れを
持っていて、様々に自身の曲に投影させており、この曲もイェリーによって教示されたハンガリー系ロマ独自の音楽性を
ラヴェル風に取り入れた作品となっている。冒頭のヴァイオリンソロによるカデンツァとその後の2つの部分からなり、
ヴァイオリンの超絶技巧曲として名高い。

−この曲は20代始めの私の持ち曲として当時数えきれないほど演奏し、ここみなとみらいホールでの第1回リサイタルの
最後に演奏した思い出深い1曲です。その後、あまりに演奏し続けたため、ここ10年ほど封印をしていましたが、今年の
夏、やはりロマの国として有名なルーマニアにて聴いたロマ音楽に触発されて、再チャレンジすることにしました。以前は
ジプシー曲といえばドビュッシーと並んで印象派を代表する作曲家ラヴェルの作品、情熱的だけどやはり暗躍するジプシー
の生活様式を描写したものだと聞かされ納得、ブリバシャとはいわゆるジプシーの主格級、イメージ的にはマフィアのボス
のような、大きくて太っていて、汚くて体臭がひどく、周りに幾人も女をはべらせながらやりた放題、でもどうしても離れ
がたい魅力があるキング・オブ・ジプシーが、道なき道を、馬車ともいえないようなものに乗って、ひどく揺れながら、そして
とびきり幸せそうに歌いながら移動していく様子、思うがままに歌い暮らし、何事にもとらわれず自由で、ひたすら本能に
まかせて情熱的な、けれどそれがとてつもない悲しさを伴うような、そんなmさにザ・ジプシーの世界を私なりに大いに表現
できたらと思っています。
文/加納伊都
Piano 松尾久美