Programnote 2014

- - 加納伊都ヴァイオリンリサイタル - -

L.V.ベートーヴェン ヴァイオリンソナタ 第9番 イ長調 作品47
第1楽章 Adagio sostenuto 遅く、音を十分に保って Presto 速く
第2楽章 Andante con varizioni やや遅く、変奏曲
第3楽章 Finale: Presto 速く
      タランテラ形式-イタリアのテンポの速い舞曲。毒グモ、タランチュラに刺されると毒が抜ける
      まで踊り続けなければならないことから由来する
古典派の集大成、ロマン派の先駆者として、音楽史上最も多大な功績を遺したドイツの作曲家、楽聖L.V.ベートーヴェン(1770-1827)の第9番目のヴァイオリン・ソナタ。20代半ばより持病の難聴が悪化、最高度難聴者として絶望し、自殺を考え遺書を残した1802年の翌年、1803年に作曲されたベートーヴェン中期の作品である。
同時期の作品にはベートーヴェン自身も最高の出来と評した交響曲第3番「英雄」、前年の危機を脱し、新しい活力を見出し始めた頃の作品であり、以降10年間、作曲家としての全盛期を迎えた。
フランスのヴァイオリニスト、ルドルフ・クロイチェルに捧げられたため「クロイチェル・ソナタ」と呼ばれるが、初演はクロイチェルではなく、イギリスのヴァイオリニスト、ジョージ・ブリッジタワーであり(ピアノはベートーヴェン自身)クロイチェルによって演奏されることはなかった。10曲あるヴァイオリン・ソナタの中で最も規模が大きく、ベートーヴェン自身も「ほとんど協奏曲のように」と副題をつけたほどで、特に約15分からなる2楽章は現存するヴァイオリン・ソナタの中で最も長い。
また、ヴァイオリン・ソナタと銘打ってはいるが、ヴァイオリンとともにピアノも対等に高度なテクニックを要求される難曲である。ヴァイオリン・ソナタの中では第5番の「スプリング・ソナタ」とともに、最も有名であり、ヴァイオリン・ソナタの最高傑作とも言われている。

このソナタに触発され、執筆されたロシアの文豪トルストイの「クロイチェル・ソナタ」という小説があります。嫉妬心にかられ妻を刺殺してしまった男性の悲劇の話しなのですが、その妻の相手がヴァイオリニストで、二人はこのソナタを演奏することで思いを通わせてしまい、そして男は演奏を聴くことでその思いに気づき、嫉妬にかられ殺してしまうという、要はこの曲がなければ殺さなくて済んだのに…という話です。もちろん、テーマは愛とは何かというものであり、男女の愛の核心はどこにあるのかという、ストイックで純粋な愛を理想としたトルストイならではの作品で、面白く、考えさせられる作品なのですが、ともかく物語のポイントはこのソナタであり、主人公はこの1楽章を「これは貴婦人の前で演奏してはいけない曲だ」と述べます。それくらい人の心を翻弄する危険性があるというのです。概しベートーヴェンの作品にはパワーと密度がありますが、このソナタは特にエネルギーと何か人を駆り立ててしまうドラッグのような作用があるのかもしれません。この小説はすでに8回も映画化されており、バレエ化、また絵画にも描かれ、そしてこの小説触察され、チェコの作曲家ヤナーチェクは「クロイチェル・ソナタ」という弦楽四重奏曲を書いています。やはり何かアドレナリンを分泌する秘密が隠されているのかもしれず、耳が聞こえず、アスペルガー症候群(自閉症の一種といわれるもの。地激障害は伴わない。)で、躁うつ病であり、非社交的で潔癖症だったというベートーヴェンの、頭に響き渡る音楽への絶望、計り知ることのできない情熱を思いながら、このソナタにみなぎる力を表現できればと思っています。
G.フォーレ ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調 作品100
第1楽章 Allegro molto きわめて速く
第2楽章 Andante やや遅く
第3楽章 Allegro vivo 生き生きと速く
第4楽章 Allegro quasi presto プレストのように速く
ガブリエル・フォーレ(1845-1924)は、アール・ヌーヴォー全盛期のフランスで活躍した、フランスを代表する作曲家。ドイツロマン主義の影響を受け、生涯に100曲以上の歌曲を残したことから「フランスのシューベルト」とも呼ばれる。幼いころより音楽の才能を示し、9歳で音楽学校に入学、サン=サーンスに師事し、彼の後をついでマドレーヌ教会のオルガにストに就任、サン=サーンス、フランクとともにフランス国民音楽協会を設立した。代表作に3大レクイエムの一つで知られるレクイエムがあり、また特に室内楽や歌曲など小規模な編成の楽曲に数多くの名作を残した。このヴァイオリン・ソナタ第1番はフォーレ30歳の時の作品であり、初期の3大傑作の一つと言われている。
初演はパリにて、フォーレ自身のピアノによって行われ、大喝采をあびた。当時注目を浴びていなかった室内楽の分野を発展させるきっかけとなった曲でもあり、このソナタの成功は多くの音楽家に影響を与えた。チャイコフスキーの弟子であったタネーエフはこのソナタについて「驚嘆すべき美しさ」と師宛ての手紙に書き残しており、サン=サーンス、プーランクもこの50年のヴァイオリン・ソナタの中で最高傑作と絶賛した。

フランスの哲学者ウラジミール・ジャンケレヴィッチはこの作品を「なんという希望に満ちた高揚感、躍動感が光り輝く」と評しましたが、幾重にも重なるふくよかな旋律とアール・ヌーヴォを思わせる装飾性、優雅さ、そしてまたそこにもの悲しさと倦怠感をそこはかとなく含みという、いかにもフレンチ、思わずフランスのお菓子を思い出してしまうような、聴覚のみならず、視覚や味覚も刺激してくれる、ベートーヴェンの音楽とはまったく違った、でも五感に響きかけてくる音楽の力、魅力を感じます。おいしいフレンチのフルコースを味わうような演奏ができればと思っています。
C.サン=サーンス
ワルツ形式の練習曲によるカプリス (イザイ編曲)
フォーレの師であり、やはりフランスを代表する作曲家であるカミーユ・サン=サーンス(1835-1921)が1877年、ピアノのための練習曲として作曲した。6つの練習曲作品52の第6曲「ワルツ形式で」をベルギーの偉大なヴァイオリニスト、ウジェーヌ・イザイがヴァイオリン用に編曲したもの。優れたピアニストでもあったサン=サーンスが特定の技法を強化するため作曲された練習曲であり、ピアニストに対してかなり高度な技術を要すが、このヴァイオリン用に編曲されたものも、さまざまな技巧が要求され、またワルツ特有の華やかさも必要とされる、難曲で知られる。

多くのヴィルトオーゾと言われるヴァイオリニストたちが、コンサートの最後に、またはアンコールとして、素晴らしい技巧を見よとばかりに満足そうに、楽しそうに演奏するこの曲、なぜあんなににこやかに演奏できるのか、思わず眉間にしわがよってしまうテクニックのたたみかけと格闘しつつ、ヴァイオリンという楽器が持つ、華やかな歌声を響かせることができればと思っています。
文/加納伊都
Piano 松尾久美