Programnote 2012

- - 加納伊都ヴァイオリンリサイタル - -

F.シューベルト ロンド ロ短調 Op.70
フランツ・シューベルト(1797-1828年)は「魔王」や「アヴェ・マリア」「菩提樹」等「歌曲王」として知られる、オーストリア出身の作曲家。歌曲のみならず、交響曲、ピアノ曲、室内楽曲など様々な分野で名曲を残している。モーツァルトやベートーヴェンらウィーン古典派のスタイルを継承しつつも、それまで貴族のものであった音楽が、次第に民衆のものへと移っていったロマン派時代の、幕開けを象徴する作曲家でもある。そのわかりやすくも美しい作品は、クラシックの枠を超えて、広く人々に愛されているものも数多い。「華麗なるロンド」とも言われているこの曲は1826年、死の2年前、体調不良に悩まされながらも、ウィーンにて作曲された。
「ロンド」とは、日本語で「輪舞曲」と訳され、同じメロディー(主題)が異なるメロディーを挟みながら何度も繰り返される楽曲形式のことを指す。ベートーヴェンのピアノ曲「エリーゼのために」などが有名なロンド形式の曲として知られている。
―17歳で名曲と言われる歌曲を作曲し、わずか31歳でなくなるまで1000曲以上(そのうちの600曲ほどは歌曲)の作品を残したシューベルト。その作曲スピードは、泉のごとく湧き出るメロディーに、瞬く間に数曲の歌を作り上げたと言われています。貧しい教師の家に生まれ、生涯お金とは無縁、名誉とも無縁、自らの作品を演奏するコンサートの機会が与えられたのは亡くなった年にただ1度きり、自分の家すら持たなかったというシューベルト。貧しさを苦とも思わず、自分の曲を聞いて、「この美しい曲は誰の曲ですか?」と尋ね、友人たちが気遣って出版した楽譜が売れなくても一つも気にせず、自ら大声で楽しそうに歌いながら作曲をしていたシューベルトの、そのあまりにもピュアで美しい旋律を聴くとき、音楽というのは何事にもとらわれない、誰もが共有することのできる、真に自由で贅沢な楽しみであり、財産だということを思い出します。キラキラと輝き続けるダイヤモンドのような、音楽の真髄ともいえる、美しさ、楽しさを感じながら演奏できればと思っています。
G.エネスコ ヴァイオリン・ソナタ 第3番 Op.25(イ短調)
第1楽章 Moderato malinconia
第2楽章 Andante sostenuto misterioso
第3楽章 Allegro con brio, ma non troppo mosso
ドラキュラで有名な東ヨーロッパの国、ルーマニアを代表するヴァイオリニスト、作曲家、ピアニスト、指揮者であり、ルーマニアの通貨5レイ紙幣にもその肖像が使われている、ジョルジュ・エネスコ(1881〜1955)はルーマニアのみならず、20世紀屈指の傑出した音楽家として知られている。ウクライナとモルドバの国境に位置するルーマニア北東部の村(今はジョルジュ・エネスコという小自治体になっている)に生まれ、幼い頃より音楽の才能を示し、7歳でウィーン音楽院に留学、13歳にもならずに銀メダルを授与され、そのヴァイオリンの演奏はブラームスからも絶賛されたという。その後パリ音楽院に留学、作曲においても著しい成績を収め、作曲家、またアメリカにてニューヨークフィルの指揮者を務めるなど、指揮者、そして教育者としても活躍した。(弟子にメニューイン、グリューミオ、ギトリスなど多くの逸材を輩出)1926年に作曲された、このヴァイオリン・ソナタはエネスコの最高傑作の一つとして知られ、20世紀のヴァイオリン・ソナタとしては、その作品の奥深さから同じく東欧出身の作曲家、バルトークの作品と並んで比類ないものであると言われている。

第1楽章 Moderato malinconia (中ぐらいの速さで メランコリックに)
第2楽章 Andante sostenuto e misterioso (ほどよくゆっくりと ミステリアスに)
第3楽章 Allegro con brio, ma non troppo mosso (速く 快活に ただしやりすぎずに)

愛弟子メニューイン(やはり20世紀を代表するヴァイオリニスト)に「これほど準備するのに厄介な作品は他にない」と評されたこのソナタ、ルーマニア出身の素晴らしいヴァイオリニストで、現在の師であるレムス・アゾイディ氏に薦められ、氏が演奏するこの曲の従来のヴァイオリンソナタとは一線を画した、まるでヴァイオリンという楽器を使って一枚の絵、もしくは情景を描き出しているような、その精密な曲想に驚きと感銘を覚え、ぜひ演奏したいです!と宣言したものの、まるで説明書のような真っ黒な楽譜(細かく拍子、テンポが変わり、またそれぞれの部分エネスコ自身の詳細な演奏方法が記されている)ヴァイオリンにもましてややこしく難しく、聞き取りにくいピアノパートとの絶妙かつ正確なコンビネーションの必要性に、頭を抱え悪戦苦闘する日々が続きました。そして今日、この曲を良く知るピアニスト、アレクサンドラの根気強く暖かい協力のもと、この曲を演奏できることをとても嬉しく思っています。
第1次世界大戦以降、ルーマニアの民族音楽色の濃い作品をつくったエネスコのその集大成ともいえるこのソナタ、ルーマニアには地域ごとに様々な伝統音楽が存在し、その多様性は驚くべきものがあるそうですが、その民族、伝統的な音楽をヴァイオリンという楽器の技法を駆使してさまざまに表現しようと試みているところが、この曲の魅力の一つであり、他のヴァイオリンソナタと一線を画する大きな特徴と言えます。(例えば、2楽章の冒頭部分は、草でできた笛を鳴らしている様を表現しています)一瞬、一瞬、刻々と変化し続けるメロディーとそれに伴う表情の移り変わりを楽しんでいただけるよう、また、東欧に数多く見受けられるフィドラーと言われる(ジプシーヴァイオリンもその一つ)クラシックとは違う、伝統のメロディーに乗せて、情熱や人生の悲哀を紡ぎだす演奏者のように、語りかけるように、そしてまるで目の前に情景が広がるような演奏をすることができればと思っています。
C.フランク
ヴァイオリン・ソナタ イ長調
19世紀フランスで活躍したセザール・フランク(1822〜1890)は、ベルギー出身の後期ロマン派の作曲家。オルガにスト、教育者としても名を残している。幼少時より音楽的才能を発揮し、パリ音楽院に留学、コンサートピアニストとして活躍した後、作曲活動を開始するかたわら、パリのサン・クロチルド教会のオルガにストとして生涯その職にとどまった。(晩年はパリ音楽院でも教鞭をとる)軽妙な音楽がもてはやされた当時、バッハやベートーヴェンを尊敬し、ドイツロマン派の影響を引き継いだ、重厚で思索的なフランクの作品は敬遠され、その名を偉大なオルガにストとして大変有名であり、その作品が評価され、「近代フランス音楽の父」とまで名声を得るようになったのは死後のことである。このヴァイオリンソナタはフランクの代表作、かつ最高傑作であり、またフランス系ヴァイオリンソナタの最高峰といわれている。最晩年の1886年、やはりベルギー出身のヴァイオリニスト、イザイの結婚祝いとして作曲され、イザイ自身のヴァイオリン、イザイ夫人のピアノで初演された。

第1楽章 Allegretto ben moderato 快活にやや速く。十分に中ぐらいの速さで。
第2楽章 Allegro 速く
第3楽章 Recitativo-Fantasia (ben moderato) 自由に。幻想的に。
第4楽章 Allegretto poco mosso 快活にやや速く。少し動きを持って。

もし、ヴァイオリンのことを少しでも知っている人であるなら、誰でも一度は耳にしたことのあるであろうこのソナタ、美しい旋律がこれでもかと紡ぎだされ、時には甘く、時には切なく、ロマンティックにドラマティックに展開するこんな曲を書く人はさぞ、華やかな人生を歩んだのだろうと思いきや、35年間同じオルガンの前に座り続け、評価されずも黙々と作曲をし続けた、特筆すべき事件なども特になり、他の作曲家と比べるとかなり地味で平凡な人生を送った人と知ったとき、人を見た目で判断してはいけないと言いますが、人を曲で判断してはいけない(曲で人を判断してはいけない)のだなと、音楽というのは奥深く面白いものだなとあらためて感じました。初めて教会でオルガンの演奏を聞いたとき、教会中に、そして体中に響き渡り、共鳴する、その圧倒的な音の空間に、体に衝撃が走ったのをいまでも鮮明に覚えていますが、人の声に一番近いと言われるヴァイオリンの音色を、天井から音の粒が降ってくるようなオルガンの音色のように、パワフルにそして繊細に、響き渡らせることができればと思っています。
P.サラサーテ カルメン幻想曲 Op.25
パヴロ・サラサーテ(1844〜1908)はスペイン生まれの、19世紀後半を代表する天才ヴァイオリニストであり作曲家。ヴァイオリン屈指の名曲「ツィゴイネルワイザン」などヴァイオリンのためのヴィルトオーゾ(超絶技巧)の曲を数多く作曲した。8歳で初めて公演をし、10歳でスペイン女王の前で御前演奏、パリ音楽院に留学後、やはり神童として知られ、当時新進気鋭のピアニストであったサン=サーンス(「白鳥」などで有名なフランスの作曲家)と演奏旅行を行った。この作品はフランスの作曲家ジョルジュ・ビゼー(1838〜1875)のオペラ「カルメン」に登場するメロディーを用いて1883年に作曲され、他にも「カルメン」を題材にしたヴァイオリン曲は何曲か存在するが、この作品が最も有名である。メリメの小説「カルメン」を基にしたオペラ「カルメン」は初演された1875年当時は不評であったが、その後改作され、現在では世界で最も有名なオペラの一つとして絶大な人気を博している。序奏と4つの部分からなる。

序奏 Allegro moderato 第4幕への間奏曲のメロディーが使用される。
T moderato 第1幕でカルメンがホセを誘惑する際に唄う「ハバネラ」(スペインやヨーロッパで大流行した民族舞曲のリズムによる恋の歌。)のメロディーを繰り返し使用。
U Lent assai 第1幕でけんかの原因を尋ねられたカルメンが、ばかにしたように唄う鼻歌「トゥララ」のメロディーを使用。
V Allegro moderato やはり第1幕より。ホセに縄をといて自由にするように妖艶にせまるカルメンが唄う「セギディーニャ」のメロディーを使用。
W Moderato 第2幕の冒頭、「ジプシーの歌」のメロディーが素材となっている。

あまりにも名曲揃いで、オペラを観ても、ああこの曲くるぞ!と曲に夢中になってしまって、見過ごしがちなカルメンのストーリー、今回あらためて文章で読んでみると、随分と激しく、切ない話だったことに気づきました。婚約者もいる軍人ホセがジプシーであるカルメンの色香に惑わされ、彼女を脱獄させたうえ、一緒に逃げることになるが、途中でカルメンは闘牛士に心を移してしまい、絶望したホセは復縁を拒むカルメンを刺し殺してしまうという、おなじみの物語、こんな激しい気持ちを人は時として持っているんだろうな、でも私にはたぶん一生縁のないことだろうなと思いつつ、一生に一日、一度ぐらいならなってみたい、ファム・ファタール(魔性の女)の気持ちを想像しながら演奏します。
文/加納伊都
Piano アレクサンドラ・ヴァドゥヴァ