Programnote 2011

- - 加納伊都ヴァイオリンリサイタル - -

J.S.バッハ ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 第3番 ホ短調 BWV1016
第1楽章 Adagio アダージョ
第2楽章 Allegro アレグロ
第3楽章 Adagio ma non tanto アダージョ(しかしはなはだしくなく)
第4楽章 Allegro アレグロ
バロックを代表するドイツの作曲家で、音楽の父とも呼ばれるJ.S.バッハ(1685-1750)は、生涯で1000曲以上の曲を作曲し、無伴奏ヴァイオリン・ソナタなど、室内楽の名曲も数多く残したが、中でも、全6曲からなるヴァイオリンとチェンバロ(昔のピアノのこと)のためのソナタは、隠れた名曲として知られている。この第3番は、作曲年は定かではないが、最初の妻マリア・ババラ・バッハ(バッハと又従妹で、バッハとの間に7人の子をもうけ、そのうち二人は高名な音楽家となった)が亡くなった1720年直後に書かれたといわれており、バッハらしい規律正しい和声感の中にも、愛するものを亡くした悲哀が見え隠れする作品である。

バッハの息子でやはり有名な音楽家であったカール・フィリップ・エマニュエル・バッハをして、”亡父の最も偉大な作品の一つ”と言わしめた、ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集。第3番であるこの曲は、有名な無伴奏ヴァイオリンソナタ集や、マタイ受難曲のメロディーをモチーフにした重厚な4番等に比べると、一見地味ですが、バッハらしい透明感にあふれ、居住まいを正してくれるような、これぞバロックといった曲になっています。日本では江戸時代、徳川吉宗が享保の改革を推し進めていたころ、ヨーロッパでは宮廷音楽家たちがこぞって作曲にいそしみ、たくさんの名曲が産声を上げたことに感謝しながら演奏します。
F.シューベルト ヴァイオリンとピアノのための幻想曲 ハ長調 Op159(D934)
「歌曲王」F.シューベルト(1797-1928)はモーツァルトに続く、若くして夭折した(31歳)オーストリアの天才作曲家として知られているが、このヴァイオリンとピアノのための幻想曲は彼が亡くなる1年前の1927年、作曲され、彼の死後、この曲を捧げられたボヘミア出身のヴァイオリニスト、ヨーゼフ・スラヴィークにより初演された。演奏時間が長いこと。また当時のヴァイオリンの演奏技術では表現しきれない部分などが相まって、初演当時の評判は芳しいものではなかったが、現在ではシューベルトの室内楽曲中、名曲中の名曲、また、ヴァイオリン、ピアノ共に高度なテクニックを要する難曲として知られている。楽章分けはされていないが、大きく3つの部分から構成されている。 

”ファンタジー(幻想)”の語源はギリシア語で”ファンタソス”=夢の神の名で、定義としては、「現実にはありえないことが想像力によって頭の中にありありと見えてくることだそうです。小さい頃、赤毛のアンの大ファンで、彼女の名文句「想像力の広がる余地がある」という言葉にわくわくしていた身としては、この曲名、そしてその名を裏切らないメロディーの天才シューベルトの紡ぎだした、繊細で底知れない奥深さを持つ旋律に、初めて耳にしたときから虜になってしまい、今回この曲に挑戦することは、まるで、大切に、楽しみにとっていおいた、おいしい大好きなお菓子をついに食べるときのような嬉しい気持と、また、長年思い続けてきた憧れの人に会える時が来たような、嬉しくも恐れ慄く気持ちでいっぱいです。
アルヴォ・ペルト
Fratres フラトレス
アルヴォ・ペルト(1935-)はバルト三国の一つ、エストニア出身の現代作曲家のひとり。古典音楽や宗教音楽から影響を受け、ティンティナブリ(鈴の声)の様式と自ら名づけた、簡素な和声を用い、一定のテンポで静かに動く、独特の音楽で知られている。
”Fratres”とはラテン語で「兄弟・同胞」という意味で、多くの場合、信仰を同じくする仲間同士のことを指す。1980年エストニアの古楽団から依頼を受け、もともと室内楽アンサンブルのために作曲されたが、後に現代を代表するヴァイオリニスト、ギドン・クレーメル(やはりバルト海に面するトラビア出身)のためにヴァイオリンとピアノのために編曲され、最もポピュラーに演奏されている。

13世紀より常に外国勢力に支配され、1940年から1991年の独立宣言までソヴィエト連邦の一部であったエストニア、いまだロシアとの関係は緊張が絶えず(2007年にはロシア系住民による大きな暴動が起こり、同時期にロシアからの大規模なサイバー攻撃が話題となった)その歴史からか、国民の愛国心の強さでも知られています。ペルトやソヴィエト治下、西側諸国の前衛音楽が禁止されていた時代に、わずかに手に入る現代音楽手法の教本や、非合法で手に入れた録音テープを頼りに作曲を学び、ソヴィエト当局に好ましからぬ作曲家として監視されながら、試行錯誤をくりかえし、宗教に傾斜して、そして、古典音楽に自ら新しい可能性を見い出した彼の、たどり着いた心境がこの曲を通して伝わってくるような気がします。
J.ブラームス ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 Op108
第1楽章 Allegro アレグロ
第2楽章 Adatio アダージョ
第3楽章 Un poco presto e con sentiment 少し早く。感情を込めて
第4楽章 Presto agitato プレスト 興奮して。
バッハ(Bach)、ベートーヴェン(Beethoven)に続く、ドイツ音楽における偉大なる「三大B」と言われているヨハネス・ブラームス(Brahms 1833-1897)がその円熟期、1886年から1888年まで、毎夏を過ごしたスイスのトゥーン湖の畔にあるホフシュテッテンという街にて、4つの交響曲を含む数多くの曲を創作したが、このヴァイオリンソナタ第3番もその中の一つ。ソナタ第2番も同じころに作られ、この3番を作曲するまでにそれほど間が置かれていないにもかかわらず、2番の幸福感に包まれた作風からは一変、重厚な趣を持っているのは、1887年から1888年にかけて、多くの友人たちの死を目の当たりにしたからだといわれている。

ブラームスを演奏するとき、そのフレーズの息の長さと、一見先が見えなさそうなフレーズ展開ながら、見事に物語に引き込み、引っ張り、完結させる、まるで上質のミステリーを読んだ時のような興奮に、身が包まれるのを感じます。それぞれのキャラクターの個性が際立つ、フレーズ、メロディー、そして楽章を楽しみながら、劇的で壮大な映画を映し出すように演奏できればと思っています。
文/加納伊都
- アンコール -

Piano 村上明子