Programnote 2010

- - 加納伊都ヴァイオリンリサイタル - -

W.A.モーツァルト ヴァイオリン・ソナタ 第25番 ト長調 K.301(293a)
第1楽章 アレグロ・スピリット(速く、元気よく)
第2楽章 アレグロ(速く)
オーストリアを代表する作曲家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)は生涯で43曲のヴァイオリン・ソナタを作曲した。(その中の5曲ほどは本人の作かどうか不明)そのうちの23曲目までは「ヴァイオリン声部付クラヴサン(チェンバロ)・ソナタ」として1768年(12歳)までに作られており、その後10年の空白期間を経て、1778年「ヴァイオリン伴奏つきのピアノ・ソナタ」の捜索を再開した、記念すべき1作目がこの曲。前年の1777年、モーツァルトは故郷ザルツブルグでの職を辞し、(宮廷作曲家ではあったがあまりにも薄給だったため飛び出したといわれている)マンハイム(ドイツ南部の都市。当時の音楽界の最先端をいくマンハイム楽派があった。)に移住。マンハイムに行く途中で立ち寄った、ミュンヘンで出会った、作曲家シュスターのヴァイオリンソナタに刺激をうけ、翌1778年創作を開始、この年に全部で7つのヴァイオリンソナタを作曲した。この25番は2月ごろにマンハイムで作曲、同年11月にパリにて、25番から30番までの6曲を出版したため、この6曲はパリ・ソナタと総称される。

天才モーツァルトは5歳で作曲を始め、6歳で最初のヴァイオリンソナタを作曲しました。(この年、ハプスブルグ帝国の女帝マリア・テレジアの前で御前演奏を披露し、王女のマリー・アントワネットに求婚した話はあまりにも有名)10歳までに16曲ものbヴァイオリンソナタを作曲した後、飽きてしまtったのか、突然この様式のソナタの創作を封印、22歳で新たなスタイルを持って、っこのヴァイオリンソナタを作曲しました。生まれ故郷を離れ、さまざまな国を旅し、たくさんの新しい知識を身に着けながら、新たな人生を踏み出そうとしていた、モーツァルトの希望にあふれた心の様子が伝わってくるような1曲です。
J.ブラームス ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 Op.100
第1楽章 アレグロ・アマービレ(速く、甘く)
第2楽章 アンダンテ・トランクウィロ(歩く速さで、静かに)
第3楽章 アレグレット・グランジオーソ(速めに、堂々と)
バッハ、ベートーヴェン、と共にドイツ「三大B」と称されるヨハネス・ブラームス(1833-1897)は、ドイツのハンブルグに生まれ、1862年、ウィーンに移住、ウィーンで没した。ロマン派の巨匠として知られるが、自らも崇拝していた、ベートーヴェンより引き継いだ古典派音楽の形式を尊重しつつ、旋律やモチーフの際限ない展開など、後の近代音楽への足掛かりとなる要素を残した。全部で3つ作曲されたヴァイオリンソナタは、ウィーンに居を移してから10年以上の月日を経た、1879年に第1番を、さらに7年後の1886年に、第2番と第3番をともに、当時ブラームスが夏の避暑地として好んで滞在していた、スイスのトゥーンにて作曲された。(第3番の完成は2年後)その頃のブラームスは、音楽家として成功し、多くの親しい友人に恵まれ、また思いを寄せる恋人もおり、まさに人生の絶頂にあった幸せな時代であり、この第2番は、そんな満ち足りたブラームスの様子を反映した、明るくのびのびとした作品になっている。

ブラームスのヴァイオリンソナタといえば、”雨の歌”で知られる第1番や、重厚で情熱的な曲想の第3番が有名ですが、この第2番は湖のほとり、遠くにアルプスを望む景勝地トゥーンの町の、雄大な自然の中で過ごす陽射しあふれる夏の一日を思わせ、また内向的で、人に気持ちを伝えるのが苦手だったため、つい無愛想となり、しばしば人と諍いを起こしたというブラームスの、繊細ながらも穏やかで、おおらかな彼の一面を教えてくれるようで、そんなブラームスの幸せな心を思い描きながら、陽射しが降り注ぐさま、風が通りぬける瞬間、夕陽のあたたかさなど、まるで本当に自然の中にいるような気配を、肌で感じられる、そんな演奏ができたらと思っています。
F.プーランク
ヴァイオリン・ソナタ
第1楽章 アレグロ・コン・フォーコ(火のように)
第2楽章 インテルメッツォ(間奏曲)
第3楽章 プレスト・トランジコ(速く、悲劇的に)
フランシス・プーランク(1899-1963)は、近代フランス音楽を代表する作曲家。
2つの世界大戦の間の狂乱時代に、それまでの印象主義のあいまいさに反抗し、簡素で明確な形式の、新しいフランス音楽の方向性を追求した「フランス6人組」の一人で、古典的な形式を踏みつつ、モダンでエスプリのきいたメロディーや和声で、独自の作風を確立し、一世を風靡した。作品は様々なジャンルに及び、室内楽作品も数多く残したが、プーランク自身の告白によると、弦楽器より管楽器のほうが好みで、弦のための作品はこのヴァイオリン・ソナタと、チェロ・ソナタ1曲ずつしか作曲していない。このヴァイオリン・ソナタも当時の名女流ヴァイオリニストで、飛行機事故により、わずか30歳で夭折したジネット・ヌヴー(1919-1949)に依頼され、第2次大戦中の1942年から43年にかけて作曲された。またこの曲は、プーランクが懇意にしていたスペインの詩人で、スペイン内戦勃発直後の1936年、政治犯としてフランコ政権に銃殺された、ガルシア・ロルカの追悼のためにも書かれており、曲頭には(ロルカの思い出)との献辞が記されている。

第1楽章 アレグロ・コン・フォーコ(火のように)
第2楽章 インテルメッツォ(間奏曲)
冒頭に《ギターが夢を涙に誘う》というロルカの詩の一部が引用されている。
第3楽章 プレスト・トランジコ(速く、悲劇的に)最終部ではロルカが撃たれて倒れこみ死にいたる壮絶な様子を
再現しているような曲想になっている。

プーランクにこのヴァイオリン・ソナタを依頼したジネット・ヌヴーは、私の一番大好きなヴァイオリニストで、あまり残されていない彼女の録音を聴いては、私もいつかこんなふうに完璧ながらも抒情的に演奏したいと、憧れていて、(演奏だけ聴くと30歳の若さで不慮の死を遂げた薄幸な美女を思わせるのですが、映像を見ると、まるで魔女のような風貌で、20代なはずなのに、すでにおばさんなのでは?と思わせる貫禄、やはり天は二物を与えないんだなとほっとさせてくれる、そんなところもファンたる所以です)もちろん、依頼した以上、この曲の演奏も残っているのかと思いきや、ヌヴーのヴァイオリン、プーランクのピアノで行われた初演の演奏が、プーランクのお気に召さなかったとかで、残念ながら彼女の演奏を聴くことはできないのですが、大戦中はレジスタンス運動に参加するなど、自らも政治に関心を持っていた、プーランクの、ロルカへの深い哀悼の気持ちが、いたるところから感じられる、また、悲しくまた怒りに満ちた曲想ながら、フランスものらしい、おしゃれで茶目っ気のあるフレーズが時々顔をのぞかせるこの曲、鋼のようにゆるぎなくまっすぐながら、クモの糸のように繊細できらきらとした音色の、ヌヴーの演奏に思いを馳せつつ、一遍の映画のごとく、途切れることのないシーンを映し出すように、演奏できればと思っています。
P.サラサーテ カルメン幻想曲 Op.25
世界で最も有名なオペラの一つである「カルメン」は、フランスの作曲家ジョルジュ・ビゼー(1838-1875)の手で、やはりフランスの作家、プロスペル・メリメの小説をもとに創作され、1875年パリのオペラ=コミック座で初演された。今でこそ不動の人気を誇るオペラだが、諸縁は不評で、ビゼーは失意のうちに初演後まもなく死去、その後、エルネスト・ギローによって現在のものに改作、人気を博すようになった。オペラの旋律を下地に作曲、編曲された作品はクラシックのジャンルを超えて数知れず、ヴァイオリン曲でも3曲存在する。序奏と4つの部分からなる組曲形式で作曲された、このサラサーテのカルメン幻想曲はその中でも、オペラの中のよく知られている、アリアやメロディーをふんだんに取り入れ、一番多く演奏されている。

オペラのあらすじは、ジプシーの女”カルメン”が婚約派のいる軍人ドン・ホセを誘惑、カルメンのために上司に逆らったドン・ホセは軍を逃亡、カルメンとともに、ジプシーの放浪の旅に出ることとなるが、カルメンは闘牛士エスカミーリョに心を移してしまう。激怒したホセはカルメンに復縁をせまるが、カルメンは拒絶、復縁しなければ殺すというホセに、殺せるものなら殺すがいいと言い放つカルメンに、ホセが逆上、カルメンを刺殺してしまう。

序奏 第4幕への間奏曲より。もとはオーケストラのみの演奏だが、まるでアリアのような旋律をヴァイオリンでさまざまに表現する。
T:Moderato カルメンが登場して初めて歌う有名なアリア「ハバネラ」(ハバネラとはスペインで人気となった、もとはキューバの舞曲だが、ここではカルメンの歌う恋のアリア。
U:Lento assai 第1幕、カルメンが喧嘩騒ぎを起こし、捕えられて牢に送られることとなった際、カルメンが鼻歌まじりに、”何も怖くない”と歌うメロディーを使用。
V:Allegro moderato これも第1幕、前曲(U)の後、カルメンの護送を命じられたドン・ホセに、一緒に酒場に行ってセギディーリャを踊ろうと誘惑しながら歌う「セギディーリャ」のメロディーが素材。この歌の後、ホセはカルメンを逃がしてしまう。
W:Moderato 第2幕冒頭の「ジプシーの歌」より。酒場でジプシーたちが踊る、ゆっくり始まり徐々にテンポがあがり、最後は熱狂的に踊り狂うジプシーの踊りと音楽が印象的なシーンである。

言わずと知れた名曲ぞろいのオペラ「カルメン」のなかでも、選りすぐりの名曲を集めたこの幻想曲、一度は耳にしたメロディーばかりかと思いますので、何も考えず楽しんでいただけるよう、カルメンの享楽的で情熱的なキャラクターが、一瞬でも乗り移ってくれるよう、願いながら演奏します。
文/加納伊都
- アンコール -

Piano 荒井裕子