Programnote 2005

- - 加納伊都ヴァイオリンリサイタル - -

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L.ヤナーチェク
ヴァイオリン・ソナタ
第1楽章 コン・モート
第2楽章 バラード コン・モート
第3楽章 アレグレット
第4楽章 アダージョ
レオシュ・ヤナーチェク(1854〜1928)は民族主義と政治的不安が増してきていたモラヴィア(現チェコ東部)出身の、ドボルジャークやスメタナに次ぐチェコの代表的な作曲家。モラヴィア地方の民俗音楽を研究し、チェコ語のリズムや抑揚、旋律を取り入れた独自の音楽を確立した。
この曲は彼の唯一のヴァイオリンソナタであり、1914年第1次世界大戦の始まった年に完成した。また、モラヴィア地方はヨーロッパの中でもかなり東部に位置するため、特にこのヴァイオリンソナタにおいては、東洋的な要素を多く感じることができる。

*ヤナーチェクの音楽は、話し言葉の旋律といわれるほど、まるで語りかけるように自身の感情が剥き出しに描かれており、この曲も書かれた当 時の不安な状況、戦争への恐怖などがとても直接的に感じられます。1楽章の何か訴えかけるようなテーマ、2楽章の胸が詰まりそうな叙情性、3楽章の機関銃を思わせる荒々しいフレーズ、4楽章のヤナーチェク自身が「ここでロシア軍がハンガリーの平原に入ってくるのだから」と述べ  たといわれている第1主題。彼の言葉を聞くように演奏できればと思っています。
W.A.モーツアルト
ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第25番ト長調K301
第1楽章 アレグロ・コン・スピリート
第2楽章 アレグロ
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756〜1791)はオーストリア出身の、いわずと知れた世界で最も有名な作曲家の一人。
5歳で作曲を始め、神童で知られたモーツァルトは30曲以上のヴァイオリンとピアノのためのソナタを作曲したが、この25番は最初の本格的なヴァイオリン・ソナタであり、1778年2月、22歳の時旅行先のマンハイムで作曲された。

*1778年、モーツァルトはマンハイム→パリ旅行に行き、パリで就職活動をしたり後の妻コンスタンツェの姉に恋をしたり、忙しい日々を過ごしていたようですが、7月、旅行先のパリで同行した母を亡くしました。このソナタは、本当にモーツァルトらしい美しく軽やかな作品に仕上がっています。
B.バルトーク
ラプソディ第1番 Sz87
ベラ・バルトーク(1881〜1945)はハンガリーが生んだ20世紀を代表する作曲家の一人。またピアニストとしても活躍した。
ハンガリーやその周辺の民俗音楽を蒐集し、それを科学的に分析して自身の音楽に取り入れるという、独自の道を歩んだ。このラプソディ第1番も、ドイツ・オーストリアを中心とした後期ロマン派の作風を拒否し、農民音楽、民謡によって新しい音楽を創ろうとした試みの一つである。
1928年に作曲され、ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・シゲティに捧げられた。
1940年、バルトークは第二次世界大戦勃発によって圧制を嫌い、アメリカに亡命するも認められることなく、貧困のうちにその生涯を閉じた。

*「ラプソディ」とは日本語で狂詩曲と訳しますが、その訳がこれほど似合う曲はないのではないかと思います。野性味あふれながらもどこか知的な香りが漂う圧倒的な旋律を、ただ民族的なというのではなく、洗練された音楽として奏でることができればと思っています。
- 休 憩 -
H.ヴィエ二アフスキ 華麗なるポロネーズ 作品4
ヘリング・ヴィエ二アフスキ(1835〜1880)はポーランド出身の19世紀を代表するヴァイオリニストであり、作曲家。8歳でパリ音楽院に入学し、 13歳で独立した音楽家としてヨーロッパ各地で活躍した。驚異的なテクニックと情熱的で華麗な演奏で知られその作品もヴァイオリンの特性を生かした、ヴィルトリオーゾな作風で今なおヴァイオリニストにとって欠かせないレパートリーのひとつとして、愛好されている。
この華麗なるポロネーズはポーランドの郷土舞曲、ポロネーズを基に、演奏会用ヴァイオリン独奏曲として作曲された。

*ヴィ工二アフスキは演奏家の社会的な地位を、それまでの使用人的立場から、芸術家としてまで高めた功績者だそうで、自身もイギリスの貴族と結婚しましたが本人は破滅的な性格だったようで、ギャンブルにあけくれ、最後はモスクワで客死しました。当時の、彼の華やかで自信に満ちた演奏活動が垣間見ることができそうな作品です。
S.フランク
ヴァイオリン・ソナタイ長調
第1楽章 アレグレット モデラート
第2楽章 アレグロ
第3楽章 レチタティーポ - ファンタジア モデラート - モルト・レント
第4楽章 アレグレット ポコ・モッソ
ベルギーで生まれフランスで活躍したセザール・フランク(1822〜1890)は、人生の大半を教会のオルガン奏者として過ごし、晩年になって数々の名曲を世に送り出した。このヴァイオリン・ソナタも19世紀後半を代表する傑作に数えられている。
誰もが一度は耳にした事のあるこの名曲は、フランク64歳の1886年に書き上げられ、同郷の名ヴァイオリニスト、ユジェーヌイザイの結婚記念日のお祝いとして献呈された。同年、イザイと夫人によって初演されたが、演奏中に日が暮れてしまい演奏中止の指示が下ったのにもかかわらず、演奏に感動した観客が誰一人動こうとしなかったため、暗闇の中で最後まで演奏が続けられた、というエピソードが残っている。

*フランクの音楽はまるで、何度も何度も重ねて描かれた油絵のように、一つの音の中にも、たくんの色が隠れているような、とても色彩に溢れた音楽のように感じます。一部では、フランクがかなわぬ恋をし、その思いを曲に綴ったとも言われており、その秘めた情熱、そして彼の誠実さが音楽を通して訴えかけて来るような気がします。
文/加納伊都
- アンコール -
シューベルト アヴェ・マリア
クライスラー 愛のかなしみ


Piano 森田義史